サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 10)絶望
夏の北極海は氷のがまき散らされたように見える。大きめな白い塊の上に何者かが立っていて、手招きをした。僕はカプセルから飛び降りて、そいつと同じ氷の上に降りた。僕が一番最初にマリスとして認識した姿だ。長身の地球人もどき。銀の巻き毛、大きな青い瞳。切り落としたはずの左手はしっかり治っていた。

「来たね、スタージャッジ」
「陽子はどこだ」
マリスが手を開いて僕に見せる。そこにピンク色のリボンが載っていた。
「こんなもの渡してたんだ。あの子、本当にただの地球人だったんだね」
奴がそれをポンと投げてよこす。それは正真正銘、僕が作った陽子の髪飾りをだった。
「これでもう君には、あの子がどこに居るか、判らない」

少し前、途切れ途切れだが、ピットのセンサーにこの髪飾りの信号が入った。割り出せたのがこの場所だ。天気がいいから少し判りにくいが、空にはかなり大規模なグローオーロラが発生している。
「キミ、一人で来たのかい? 維持省は?」
「僕一人だ。本部にも維持省にも報告してない」
「へえ。前の威勢はどうしたのさ」
「陽子は? 無事なんだろうな?」
「もちろん。でもちょっと弱ってる。ジャンプもかなり辛かったみたいだし、可哀想にね」
表皮の内側が泡立つような感じがしたが、ここでこいつに怒りをぶつけてもなんにもならない。自分に落ち着けとささやくのは、今日何度めだ?

「で、僕はどうしたらいい?」
「なにが?」
「陽子が人質になってる限り、僕はお前に対して何もできない。だから聞いてる」
「素直で正直だね、スタージャッジ」
マリスがくくっと笑う。
「じゃあ‥‥、どうしようかな」
マリスは黒い銃を取り出して僕に向けた。例の『銀の鏃』の銃だ。
「たとえばこいつをキミに何発か撃ち込むけど、じっとしててと言ったら?」
「了解だ」

僕はトリガーボタンに置かれた指とマリスの顔を視界に入れたまま、例の怒濤のような信号に備えた。だがマリスはにっと笑い、何もせずに銃をしまった。
「やめとく。キミ、あの子の事になったら、痛みなんて、すぐ忘れちゃうだろ」
そう言うと、マリスは一歩後ろに下がった。その身体がしゅん、と黒いアーマーに覆われる。
「あのカプセルでついといで。アーマーはダメだよ。いい子にしてたらあの子に会わせてあげる」
あっさりとそう言ったマリスに少し驚きながらも、急いでカプセルを呼び、後を追った。

マリスのアーマーの飛行スピードは驚異的だった。こっちもアーマーだったら、付いていくのはぎりぎりだったろう。高度150Kmぐらい、奴の船とおぼしき塊が降りてきていた。オーロラの中に隠れていたんだ。荷電粒子に打ち叩かれて輝くオーロラは、電磁波が不安定になる危険な空域だけど、外からの探索も極めてやりにくい。

マリスは船体に沿うように回り込む。船は五角錐を寝かせてやや扁平にしたような形で、一般的な可視光の透過コーティングをしてるようだ。たぶんノイズ・キャンセラーもかけてるだろう。内部から発生する電磁波を瞬時に解析して、逆位相をかけて打ち消す機能で、停止か低速で移動している時しか使えない。先日のポーチャーコンビの船も同じ事をやっていた。

上面になっている部分でハッチが開いて、マリスが中に入った。僕もカプセルから出て飛び込む。
「こっち」
マリスはもう戦闘アーマーを解除していた。まったく無防備に、それこそ友達でも案内するように先に立って通路を進んだ。僕が何もしないと‥‥いや、できないと、信じ切っているようだ。内側のハッチが閉じた時、僕とゲイザーとのチャネルは完全に絶たれた。
通路の壁のあちこちに太いパイプのようなものが何本も走っている。通信やエネルギーの伝送路だろう。だが船全体は異様な感じだ。ぶうんという機械のうなり声のような音は聞こえるのに、電磁的には妙に静かで、まるで山の中で地鳴りでも聞いてるようだ。

酸素濃度は調整されてるようだ。この高さだから重力も問題ない。ただ気温が低い。陽子にとってはあまりに寒すぎる。説明できない信号が胸のあたりに居座って、それがどんどん増大して身体から溢れ出しそうだ。ここ半月で覚えたたくさんの精神状態の一つ。不安。でもあまり役に立つものじゃない。

マリスがある場所で立ち止まった。壁に手をふれると壁がすっと開いた。こちらを見やると、中に入るように顎で示す。僕はマリスの脇をすり抜けて、部屋の中にはいった。部屋の中は地球人的には真っ暗だが、一部がぼおっと明るい。その光の中央。部屋の奥の壁の少し手前に陽子がいた。

Y字型の柱に両手を固定され、がっくりと頭を垂れている。浅い呼吸音と鼓動が聞こえた。高温に熱せられた金属線がぐるぐると、その周囲をとり囲んでいる。
「陽子!」
駆け寄ろうとしたら、熱い金属線がすぼまり、蛇のように陽子に絡みつきかけた。ぞっとして立ち止まる。

「ダメだよ、勝手に近寄っちゃ」
その声に振り返った。マリスがピンと指を弾くと金蔵線が元の位置に戻る。
「キミが言うこと聞かなかったり、維持省とか突入してきた時のため。ついでに温めとけるし。アタマいいだろ、ボク」
「陽子を、どうする気だ‥‥」
「安心しなよ、それで焼いた程度じゃ死なないよ。そりゃ、かなり泣き喚くだろうけど」
「なんだと‥‥」
「だめだめ。いい子にしてなきゃダメって言ったろ。まあいいや。自分の手でちゃんと確認しなよ。正真正銘、キミの大事なあの子だって」

マリスがもう一度指を弾いた。金属線が台の部分に収納される。僕はおそるおそる陽子に近づいた。何も起こらないことを確認して、項垂れた頬に触れ、顔を起こす。瞼が震えて、陽子が目を開けた。
「陽子っ」
「‥‥あ‥‥」
陽子の瞳がぼんやりと宙を泳ぐ。
「しっかりしろ、陽子! 僕だ、マゼランだ!」
「まぜ‥‥らん? マゼラン、マ‥‥」
喉にひっかかるような声で僕の名を口にした陽子は、そこで弱々しく咳き込んだ。青ざめた白い顔。かなり衰弱してる。肘から先をクレイで固められているだけで爪先が下についてない。自重が呼吸を妨げてるのか。どれだけこんな状態に置かれてたんだ!?

クレイを壊そうと手を伸ばした時だ。首のあたりにリークが走ったように思った。陽子を背中にして向き直る。次の瞬間。

何かが飛んできて、僕の腹部に入った。勢いよく壁に叩き付けられ、そこから動けない。目の前に黒い足が見えた。
「さあ、感動の再会はここまで」

僕の身体から棒が付き立っていて、棒の先にマリスが立っていた。奴が跳ね揺れると腹の中がかき回された。破損したパーツから溢れた体液が胸もとまでせり上がってくる。奴はにっと笑ってぽんと飛び降りた。
「こ、の‥‥」
銛だか槍だかが僕の身体を貫いて壁に突き刺さっていた。なんとか自由になろうと足掻く。肘をつっぱって上半身を壁から引きはがしたが、マリスの手が僕の胸をまた壁に押し戻した。
「これで、終わり」

胸に熱さを感じた。奴が何か持ってる。でもそれが発熱してるんじゃない。逆だ。僕のエネルギーが奴の手に向かって移動してるんだ!
「ま、さか‥‥。よ‥‥!」
喉にからまった液体を吐き出し、奴の腕を掴む。だが押しのけられない。

「貰ったさ、あの子からも。まさかあんなになるなんて、思わなかったけど」

体内からHCE10-9が流出していく。代わりに恐怖と後悔が僕の頭を黒く埋めていった。


|2009.05.10 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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