サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジII〜陽子〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジII 8) 魔法の正体
おばあちゃんがキッチンに消え、あたしはTVに目を移しました。
〈‥‥なお海上で強烈な光を見たという目撃情報が何件も寄せられており、警察と海上保安庁、海洋生物研究所で、白波海岸での怪物の目撃情報との関連を調査中です。なお県内の海水浴場では、今回の調査結果がでるまで遊泳禁止の措置をとるものと見られ‥‥〉

ああ、宇宙人の船、例のすごい光線で壊したから‥‥。あれは気づいた人多かったよね。はあ‥‥。

でもこういう事件、自分の住んでいるところじゃなかったら聞き流して、そのうち忘れてしまうのかな。今までマゼランが関わったことで、気にもしなかったことがたくさんたくさんあるんだろうなって思いました。

「はい、おぞうすい。このくらいなら食べられるじゃろ」
「わー、ありがとう」
可愛い小鉢に入ったおぞうすい。ぞうすいってさっぱりしたオートミールって感じで大好き。一口食べたら、ふわっとしててあったかくて美味しくて。結局全部食べちゃった。

「そういえば、みんなは?」
「ガードマンさんは病院」
「え!」
「陽ちゃん連れ戻すまで色々あったみたいじゃな。ちっとだが脇腹押さえて顔しかめたりしてたから、行ってくれとわたしから頼んだ」

‥‥マゼラン‥‥。
そうだよね。いくら変身してたって、あんな‥‥。マゼラン、平気って言うから、なんにも考えないでずっと甘えてた。ごめんね。ごめんね、マゼラン。

「おばあちゃん、ありがとう‥‥。それで、パパやおじいちゃんは?」
「じいさんは町内会の集まりじゃ。こういう時はみんなで気をつけないといかんからな。モロさんはガードマンさんの帰りが遅いからって、見に行った。たぶん病院が混んでるんじゃろ」

まさか普通の病院には行かないよね。さっきちらっと聞いた空にあるマゼランのお船に行ったんだと思います。パパはどこまで判ってるのかな。でもなんかおばあちゃん、ほくほくした顔をしてます。
「陽ちゃん、きっとこれはケガの巧妙じゃ。パパさんは、ケガしても陽ちゃん連れ帰ったあのガードマンさんのこと見直したに違いないよ」
「そうかなぁ。そうだったらいいけど‥‥。でも、パパがいいって言っても、マゼランがあたしを好きになってくれるか、わからないもの‥‥」
マゼランがあたしのそばにいてくれるのは、あたしがマゼランのエネルギーを持ってるからなの。だから‥‥。

「わからないってことは、まだガードマンさんに聞いてないんじゃろ?」
「‥‥うん‥‥」
「すべては直接その人と話をしてからじゃろう? 魔法使いじゃあるまいし、相手の考えてることなんて聞かなきゃわかりゃせん。わたしとじいさんぐらい長いこと一緒にいたって、やっぱりホントの所は聞かなきゃわからん。そんなもんじゃ」

「‥‥ママは‥‥ママがパパと一緒に行こうって決めた時はどうしたの?」
「ぷろぽーずはモロさんからだったようだが、あの子も二つ返事だったそうじゃ。こっちに相談も無しにいきなりモロさんを連れてきたからもう大騒ぎ。月子は物静かな子だがじいさん似の頑固者で、いやはや大変じゃったよ」
おばあちゃんはぜんぜん大変じゃなかったみたいに笑ってます。そして言いました。
「陽ちゃんは、どうしたい?」

あたしはマゼランと一緒にいたいんです。マゼランの声を聞いて、あのさらさらした大きな手に触れられて、厚くてあったかい胸に頬ずりしていたい‥‥

「マゼランの迷惑になりたくないけど‥‥でもマゼランと一緒に居たいの」
おばあちゃんがぽんぽんとあたしの手を叩きました。
「じゃあ決まり。当たって砕けろじゃ。何事もなるようになるし、なるようにしかならんて」
「‥‥うん」

がらがらと玄関の戸が開く音がしました。飛んでいくとパパとマゼランでした。
「陽子! もう起きて大丈夫なのか!?」
「もー、大げさなんだから。あたしはちょっと疲れちゃっただけだもん。それよりマゼラン、だいじょうぶ? 痛くない? 苦しくないの?」
「ああ。大丈夫さ、このくらい」
マゼランは優しく微笑みましたが、あたしはその顔を見てドキンとしました。なんだか寂しそうだった。それ以上に何か決定的なこと――それもあんまり嬉しくないこと――を言われそうな気がしたの。

おばあちゃんと約束した「当たって砕けろ」はやめにしとこうって一瞬思っちゃった。何も聞かないでおけば、少なくとも今は一緒に‥‥。

と、飾り棚の隅の紙袋が目に留りました。おじいちゃんからもらった星。マゼランに見せてあげようと思って忘れないようにここに置いたの。ちゃんとマッチもある。準備良すぎです、昨日のあたし。あたしは靴を履いて袋を手に取りました。
「マゼラン。ちょっとだけお散歩しない? おじいちゃんから星をもらったの」
「星?」
「花火の中に入ってる火薬の粒よ。燃やすととってもきれいなの」

何か言われそうだったのでわざとパパを見ないようにしていたのですが、パパがぼそっと言いました。
「行ってこい。そのかわり二度と陽子を危ない目に遭わせるな」
「‥‥はい‥‥」
マゼランがそう返事をして、あたしは思わずパパの方を振り返りました。でもパパはこっちを見もせずに家の中に入って行きます。こんなパパは初めてでした。



家を出て少しして、マゼランが「星ってどんなものなの?」と聞いてくれた時はちょっとほっとしました。聞きたいことはたくさんで、でも何をどう聞いたらいいのかよくわからなくて、でも黙っているのも苦しかったから。
星のことならおじいちゃんから教えてもらったので少しは説明できます。色の層の厚さがどの粒もそろってなければ同時にグラデーションに入れない。そしてそれをきっちり詰めないときれいに広がらない。マゼランはうんうんって聞いていてくれました。

海沿いの道に出て、マゼランがとんと堤防に飛び乗り、手を差し出しました。その手に引っ張られて堤防の上に乗り、砂浜に飛び降ります。雲のない空に大きくてきれいな満月がかかってます。でも砂浜には誰もいません。昼間の事件が解決したことを知ってるのはあたし達だけですから。
手をつないだまま、砂浜を歩きました。半歩前を歩くマゼランは、あたしの手を引く、というより、手を離すのを忘れているみたいでした。歩みはとてもゆっくりでしたが、その肩は無言で、あたしも声をかけられず、ただ心臓の音がやたら大きくなった気がして、空いてた右手で左胸を押え込みながら歩きました。

昨日の夜別れた休憩所まで来た時、マゼランが立ち止まり、手を離してこちらに向き直りました。あたしの顔を見つめるマゼランの瞳は、月の光を映して柔らかい金色。そして顔にはあの微笑み――すごく優しくて、でもいきなりふっと消えてしまいそうな、あの微笑みが浮かんでました。
「昨日言ったよね。ちゃんと話すって」
「うん」
「初めて会った日に、僕の部屋でチョコレート食べたの覚えてる?」
ああ、やっぱりあのチョコがそうだったのね。あたしが勝手に食べちゃったチョコ‥‥。あたしは黙って頷きました。

「あれは僕の燃料みたいなものでね。それが今君の身体の中に入っちゃってるんだ。地球の食べ物じゃないから消化されるわけじゃなくて、君の身体の中でずっと対流しつづけてる」
あのチョコを食べた時のことを思い出しました。口に入れるとふわっと溶けて、飲み込んだかどうかわからないような軽いあと口。甘くって、香ばしい感じの苦みがあって、でもぜんぜんしつこくなくて、いくらでも食べられるような‥‥。だから紅茶もないのについつい一枚丸ごと食べちゃったんだけど‥‥。

「キスをすると‥‥マゼランにエネルギーが戻るのね‥‥?」
「‥‥うん。‥‥ごめん。これしか方法がなかったんだ。エネルギーの性質上、少しずつしか移動できなくて‥‥」
「エネルギーがないと‥‥、変身できないだけじゃなくて、あんなふうに、動けなくなっちゃうの?」
「ああ。普通の生活ならともかく、戦闘になるとちょっとね。代わりのエネルギーが間に合ってないんだ」

昨夜の少し長いキスでも、あんな戦いになるとエネルギーを使い果たしてしまうってことです。そうしたら、マゼランは‥‥。あたしは‥‥マゼランの命を食べてしまったようなものなのです。でもマゼランは微笑んで言うんです。
「ああ、でも、君の身体には何の害もないから心配しないで‥‥」
「あたしのことより自分のこと心配してよ! 全部あたしが悪いのに! エネルギー無かったら、マゼラン大変なんだよ? だったら早く返さないと‥‥」

‥‥早く‥‥。
早く‥‥?
もしあたしの中のエネルギーが全部返ってしまったら、マゼランとは一緒にいられないの?

「ごめん‥‥。そうすべきだったんだろうね。お父さんにもさっき言われたんだ」
「パパに?」
「チョコレートに理由があるのかって聞かれて正直に話した。そうしたら君からエネルギーを早く取り出して、できたら君の‥‥僕に関する記憶を消してほしいって」
「‥‥そんな‥‥」
パパが心配してるのは分かります。でもマゼランに会えなくなるなんて‥‥ううん、マゼランのこと忘れてしまうなんて‥‥あたし‥‥いや‥‥。いやだ‥‥。‥‥でも‥‥。

「大丈夫。難しいことじゃない。少し時間はかかるけど怖いことはなんにも無い。君が眠ってる間に全部終わるよ。エネルギーを取り出しながら、僕というキーワードで君の記憶を調整する。君はアメリカから引っ越してきた時、誰にも会わなかった。花火に付き合ったボディガードもその時だけの人間だ。半年間一人暮しを満喫して、お祖父さん達の家に来て、充実した大学生活を‥‥」
「マゼラン!」
優しい‥‥でもどこか張り付いたような笑顔で話し続けるマゼランをあたしは遮りました。
「マゼラン‥‥」
彼の上着の襟元を両手で掴んで、その顔を見上げます。マゼランの顔からすっと笑顔が消え、黙りこくった口元がわななきました。それをぎゅっとかみしめると、彼はあたしから視線を逸らしてしまったのです。

「マゼラン。あたし、貴方のこと好き。だから一緒にいたい。マゼランのこと忘れたくない‥‥。でも、エネルギーを返さなきゃいけないのはわかってる。‥‥そうしたほうがいいなら、貴方の言うとおり‥‥‥‥」
喉元に何かこみあがってきて言葉が出なくなりました。マゼランの胸に額をつけてこらえようとしましたが、涙が抑えられません。マゼランが肩をそっと撫でてくれました。

ちゃんと言わなきゃ。これだけは、ちゃんと聞かなきゃ。
あたしは顔を上げて、涙を通してマゼランの瞳を見つめました。
「そうした方がいい? あたしがマゼランの事忘れて、関係なくなって‥‥。その方がマゼランのためになる? マゼランは、そうしたい?」

マゼランはじっとあたしの顔を見ていましたが、ゆっくりと、とてもぎこちなく首を左右に動かしました。
「そうしたくないよ‥‥」
もう微笑みはなく、悲しそうな表情でした。あたしの肩に置かれた手に力が入り、マゼランはもう一度はっきりと首を横に振りました。
「君の記憶を奪いたくない。この二週間が、僕にとってどれだけ新鮮で心地よい時間だったか僕には表現できない。できることなら、このままずっと君と一緒に過ごしたいよ。でも‥‥。君がエネルギーを持ってる間は特別だって、ずっと言い訳してきたけど、地球人に僕の存在を知られることは禁じられてる。僕は今の自分の判断に自信が無いんだ。昨日も奴らの船にストリギーダ人が捕まえられてると知った瞬間、それを助けなきゃと思った。それが結果的に君をあんな危険な目に遭わせた。昔の僕だったら彼が乗っているって知ってても、命令通り船を破壊してただろう」

マゼランはまるで謝るように俯きました。
「君のことも同じだ。早くエネルギーを回収して君から記憶を奪う‥‥。ごく簡単で順当な手段を、僕は思いつかなかった。いや思いつかないようにしてたんだと思う。少しでも長く、君と一緒に過ごしたくて。だから‥‥うわっ な、なに、陽子?」

あたしは手を伸ばしてマゼランの頭をぎゅっと抱き寄せてました。

マゼランもあたしと一緒に居たいって思っててくれたんです。マゼランも‥‥!

嬉しいです。ずっと一緒にいられないのは悲しいけど、マゼランもあたしと同じ気持ちなんて‥‥すごく嬉しい‥‥。

すごく強くて何でもできるけど、ずっと一人ぼっちだったマゼラン。
いつも人のことばかりで、自分のことは後回しにしちゃうマゼラン。
そんなマゼランが、初めてこうしたいって、言ってくれた‥‥。

あたしは今気がつきました。マゼランのそばにいられたら嬉しい。でもそれ以上に、マゼランが幸せな気持ちになることが嬉しいのです。たとえちょっとの間でも、マゼランが楽しかったり幸せだったら‥‥。

ちょっと堅めのマゼランの髪に手を回したまま、あたしは言いました。
「じゃあ、今まで通りに一緒にいよう? あたしの中のチョコレート返し終るまで。せめてそれまで」
「で、でも、僕と一緒にいたらまた怖い目に遭うかもしれないよ! 今みたいな調子だと三ヶ月はかかる‥‥」
「怖くなんかない。マゼランと一緒なら。マゼランのこと好きなの」
「でも‥‥」

あたしはマゼランの頭を放してあげて、マゼランの手を取って、その顔を見上げました。
「マゼラン、"光の羽根"さんをちゃーんと助けてあげたよね。マゼランの判断、間違ってなかったよね」
「でもそれは結果論で‥‥」
「難しいこと言っちゃだめ。"光の羽根"さんも刑事さんもとっても喜んでたでしょ」
「まあ、それはそうだけど‥‥」
「マゼランが色々悩んだり頑張ったりしてくれた結果の結果の結果の2400年分の結果で今の地球があるんでしょ。そして今の地球はあんな怖い人に襲われたりしてないもの。だから大丈夫なの。マゼランの判断は大丈夫なの。だから一緒に居よう。ね?」

月の光の中で、マゼランの顔が泣き笑いみたいに歪みました。今度ぎゅっと抱きしめられたのはあたしでした。今一緒にいられることの幸せと、ずっと一緒にはいられない寂しさが心にあふれてくるのを感じながら、あたしはマゼランの言葉の響きを全身で受け止めてました。

「わかった。一緒にいよう‥‥」

あたしの中の魔法が無くなるまで。その時に何が起こるのかはもう考えないことにしましょう。だってあたしを包む力強さと鼓動と温かさが、今のマゼランの気持ちを伝えてましたから。

2400年ひとりぼっちで過ごしてきたネッシーさんは、少なくとも今、幸せな気持ちです。


|2007.04.01 Sunday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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