サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ』 原作・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ 9) 交渉決裂
全身が目を覚ます。
センサーからの情報量が倍増して、伝達速度が上がっていく。

陽子が頬を染め、背伸びをやめてうつむいていく様がスローモーションみたいに映る。緊急モードに慣れるまでの一瞬の夢。すでに自由になった手で、その栗色の髪を抱き寄せて頬ずりした。

ありがとう。

君が今、僕のそばにこうしていてくれることに感謝する。

口をあんぐり空けて固まってる親父さん。なんか古代の遺跡みたいですけど。驚かせて済みません。
でも‥‥

向き直ると同時に伸びて来たラバードの髪を右手で掴みとった。高く上げた左腕の周囲にはすでに装甲が装着されてる。それがカシャンと僕の腕を包むと同時に下腕にそって鋭いエッジが現れた。ぐいと引き寄せたワイヤー製の髪をその刃で叩き切る。

「またこの人たちを狙うなら、容赦しない!」
「はん。聞いたふうなことを。誰かを守る戦いなど、したことも無いくせに!」
「なら学習するさ! クラッディング!!」

一瞬で僕の身体は重厚なサポートアーマーと防護マントで覆われた。体内のコントローラーがエントロピー・リミテイション・スティック内の原子と周囲の原子を使って作り上げる装甲。身体の各部で神経経路、エネルギー循環経路と直結し、僕の"意志"という信号に即応する第2の皮膚。ビメイダーだからこそ使いこなせるウェラブル・ウェポンだ。

「ラバード! 住人の許可なく領空内に基地の建設をするのは重大な未接触惑星保護法違反だ! 速やかに退去しろ!」
「スタージャッジを取り押さえろ! 頭さえ残れば破壊しても構わん! 地球人を確保しろ!」

ぞろぞろと大量のフラーメが屋根に上がってきた。あまりの数に陽子が怯えた声をあげる。
「マゼラン、い、いっぱい来たよ! ラグビーボールみたいなのも!」
「大丈夫。僕から離れるな」
陽子は素直に僕の背中に身を寄せた。親父さんはそんな陽子を庇うように僕と背中合わせに立ってる。アーマーにはあちこちに視覚センサーがあるから、今の僕は文字通り背中に目があるんだ。

「いったい どーする気だ」
親父さんが抑えた声で言う。
「やつらをもう少しおびき寄せたい。その状態で屋根を破壊します。陽子は僕に任せて親父さんは背中に掴まって‥‥って、ちょっと!!」
「おお、掴まってやるとも! こーか!」
「それっ く、首締めてますっ!」
「何が『陽子は任せて』だぁああ! よくもワシの娘を!!!!」
「パパっ そんなことやってる場合じゃないでしょ!」
まったくだ。まったくその通り。

「諦めろ、スタージャッジ。そんな調子で逃げ切れるわけがないだろう?」
ドタバタしている僕らを見てラバードが笑った。
「確かに。意外と難しい課題みたいだな」
「だろう? 慣れないことはやめておくんだな」
「違反者と取引する方が、よほど慣れないさ」
ラバードとくだらない会話を続けながら、僕はセンサーでフラーメ達の動きを見ている。陽子と親父さんをかかえた僕の様子に彼らも油断したようで、かなり近寄ってきてる。この数なら、基地の殆どのフラーメがそろってるのかな。そろそろいいか。

「IDカノン!」
グランゲイザーから呼び寄せておいたバズーカを引き下ろし、砲口を真上に向けて支えると、砲弾そっくりのリモート・バルブを装填した。
「耳ふさいで!」
発射された4つのバルブは僕らを取り囲んだフラーメ達の頭上を越えて、屋根の四方にずどんと落ちる。ラバードが高笑いした。
「何処を狙ってる! その上、不発と来たか!」
もう砲口は真下に向け直してある。
「これでいいんだよっ! バイブレーション・シェルッ!」

ファイヤーと言いたいとこだけど、まるで工事現場のクラッシャーみたいな感じだから省略。独特の振動が足下に広がったのを確認すると、陽子を抱き上げ親父さんをとっつかまえる。アーマーの重力サイクロンを逆転させて飛び上がった。IDカノンは脳波でコントロール可能だ。でっかいラジコンと言ったらいいのかな。バルブを戻したカノンは空に待避させた。

「逃がすか‥‥なっ!?」
ラバードが髪を振り立てた瞬間、分厚い氷のように見える迷路の屋根全体に細かいヒビが入り、そのまま崩れ落ちた。迷路の中に大量のフラーメがうようよして、上から見るとちょっと気味が悪い。
振動砲はバルブと連携して物体の共振周波数の振動を送り込むIDカノンの一つの機能。火器でぶっ飛ばすより被害も少ない。いつでも使えるわけじゃないけど今回みたいな一様な材質だとばっちりだ。半透視材は割れやすいしね。

「マゼラン、すごい! 飛んでるの!? 飛んでる!」
「陽子、お願いだから、はしゃがないで!」
「だって、すごいよ、わーい!」
「空が飛べたって、ワシは許さんぞぉおお!」
「うわっ 暴れないで下さい!」
だ、誰かを守る戦いって、難しいな‥‥。

倉庫のような建物のそばに降りたら、一度きちんと立った陽子が急に崩れて、びっくりして抱きとめた。
「どうした?」
「あれ‥‥。ごめん。なんか、へん‥‥」
親父さんが慌てて回ってくると、僕から奪い返すみたいに陽子を抱き取った。
「大丈夫か! 空気が薄いから気をつけろって、あれほど‥‥」
「あっ! ここ、高度が‥‥!」
「さっさと気づけ! ずっとお前を心配して、具合が悪くなるゆとりもなかったんだ、この子は!」
「‥‥済みません。とにかくまず地上に降りないと。あの飛行艇を使いましょう」

甲板に止まっている飛行艇に向き直った時、上空を明るい帯が流れたように見えた。僕達の行く手を遮ったのはラバード。基地上部に渡っている梁のような構造物に髪を巻き付け、テナガザルよろしく飛んできたのだった。
「逃がさないよ、スタージャッジ」

明るい満月の光に包まれて、幾束にも分かれた金とオレンジのメッシュの髪を揺らめかせ、左手を腰にあてて立ちはだかるその姿は、いつ見てもクールな設計だと思う。髪にちりばめられたアクセサリーが煌めき、いつもより派手な印象だ。彼女の"髪"は、束単位で自在にコントロールできる細いワイヤーだ。地球の神話のメデューサに似てるが、機能的に見ると蛇というより器用なサルの尻尾がたくさんついてると言った方がいいだろう。

そう、こいつは0024の頃から地球に来てた。地表に下りてしまったラバードが目撃されてゴルゴンの三姉妹のモデルになったことは十分に考えられる。0024の名誉のために言っておくが、あの時代はもっと悪質な侵略者が多くて、手が回らなかったことがあったんだ。ただそんな時、彼女は他の侵略者を追い出すために、0024に協力することがあったそうで、ラバードと僕らは「腐れ縁」なのである。

「あとにしようぜ、ラバード。時間はいくらでもあるだろ」
いくら腐れ縁でも、今はこいつとはやり合いたくない。さっきの接触で得たエネルギーでは長時間のアーマー着用は無理だ。僕が陽子の身体に口づければ、浸透圧差で移動する溶媒のようにHCE10-9が僕に流れ込むが、流れが穏やかな分、一度に回収できる量は限られてしまう。でも流量を増やしたら確実に陽子を傷つけるだろう。

とはいえ世の中、思うようには回らない。背の高い女ビメイダーはにっと笑い、予想通りの態度に出た。
「お前と付き合うのも、もう飽きたよ。ここで決着をつ‥‥!」

僕はもう突っ込んでた。早く諦めてもらうしかない。伸びてくる髪束を避けて身体を倒し、床すれすれに飛び込むと細い足を蹴り払う。彼女がそれを避けた時、僕はもう後ろに回ってた。そのまま後ろ髪を掴んでぶん回し、倉庫から離れた大きな柱に思い切り叩きつけた。

ラバードは暫く起き上がってこなかった。ちょっと心配になって近づいたら、一部壊れた柱に体重を預けるように、よたよたと立ち上がった。
「‥‥前から言おうと思っていたがな‥‥、スタージャッジ」
「なんだ?」
「貴様は女性に対する振る舞いがなっていない。わたしは民間のメイド・ビメイダーなんだぞ」
「そんなこと言うなら、もっとおしとやかにし‥‥う、わわっ!!」

上の梁から降ってきた髪が僕の両腕に絡みつく。なんでだ、と思って見たら、ラバードの奴! 柱の中に髪を一部通してたんだ! がくんとつり上げられ、破壊された梁の部材もろともに床に叩き付けられた。こんな乱暴なメイドさんがどこにいるんだよ!

もう一度振り上げられたが上腕のカッターで髪を切って抜け出した。相手からもらった遠心力を利用し、上空高くからラバードに向かって蹴り込む。ラバードが残りの髪束を彼岸花のように広げた。こうなったらもう、ショートカットにしちゃうぞ!

「IDスライサー!」
カノンの翼に鋭いエッジが現れ、遠隔操作の大きなカッターに早変わり。小さな白い機体は月光を柔らかく弾きながら、ラバードと僕の間を舞い降り舞い上がる。ラバードは髪を急停止。よし、と思った刹那、その髪から例のきらきらアクセサリーが飛んだ。
「なっ!?」
防護マントがなびいて剥き出しになっていた脚部に煌めく小さなマシンが大量に張り付き、それが関節部に入ってくる! それもノイズ信号を放出しながらだ!

「トゥインクル・ワームだ! アーマーは使えんぞ!」
床に転がった僕に勝ち誇ったラバードの声が浴びせられる。このやろう。こんなもんで僕を止められると思うなよ。
「サブリメイション・ヒート!」
身体に巻き付けた防護マントが強烈な熱に変換され、ラバードのミニマシンが蒸発した。アーマーの外側もとんでもない温度になるが、熱電素子が熱の拡散を電流に変換する。エネルギーを貯めて内部の僕を護る一石二鳥だ。床から跳ね起きた僕はラバードの懐に飛び込んだ。

「スタージャッジ!」
彼女の髪がまた襲ってくる。今度は避けず、頭部のシートを前方に広げた。これ、マフラーみたいに見えるが、様々な用途の伝導繊維が集まったもので、先端部のフリンジ状の部分が端子だ。導線にはアンテナの役割をするものもあれば、アーマー内部のアース線と直結している線もある。で、そいつをラバードの髪束に突っ込ませ、高電位に引き上げた。
「がっ!」
ラバードが頭を押さえてうずくまる。髪束がぴたっと動きを止め、主の身体にまとわりつくように落ちた。髪から頭に電流を流し込まれるなんて、僕だってかなりイヤだが仕方ない。

僕の右手にはもうジャッジ・スティックが握られてる。地球で言ったら特殊警棒みたいなもんだ。実際はビームサーベルの柄でもあるんだが、それをラバード相手に使う気は無い。頭を抱えるラバードの両腕をスティックもろともに掴み、別の構造物の壁にラバードを押しつけ、喉元をスティックで押え込む。

「もう出て行ってくれよ、ラバード。こんなやり方したって、あんたが損するだけだ」
アーマーを着た僕よりなお背の高いラバードを見上げてそう言った。だが彼女は下目で僕を見据え、また不敵に笑った。
「お前に偉そうなごたくを並べてるヒマがあるのか?」

ラバードの唇がすぼみ三万Hzほどの音が響いた。六本足の爪が固い甲板を蹴る音。リークが背中を駆け降りたような気がした。ばっと陽子達を振り返った瞬間。

足下がいきなりぱくりと開いた。落ちかけて慌てて飛び上がろうとしたが、床から例の牢獄粘土が噴出して僕を覆った。強烈な勢いで床下に引きずり込まれ、かろうじて肘先で床面を捉える。でも、頭部以外は全部が白くくるまれたこの状態では、こうしているだけで精一杯だ。

「抵抗したら襲わせるぞ。大人しくするんだな。もっともいくらもがいたところで抜けられまいが」
メアロタンギはもう陽子たちのすぐそばをぐるぐる回っていた。こんなに近くちゃカノンやスライサーじゃ攻撃できない!
「陽子! 親父さん!」

「パパ、急に動いちゃだめよ。逃げたらだめだよ」
「わかっとる」
驚いたことに、父親の腕から離れた陽子がそっとひざまずき、なんとメアロタンギに話しかけ始めた。
「え、えっとね。今日はアイスクリーム、ないの。ごめんね」
メアロタンギはぐるぐる回るのをやめ、陽子をじっと見ている。
「でも、キャンディならあるんだけど、食べる?」

「陽子。本当に持っとるなら、こっそりパパに渡しなさい」
「うん」
陽子が後ろ手に親父さんに何かを渡した。今度は親父さんが陽子から少し離れる。メアロタンギはそちらに向きを変えた。
「どうかな?」
親父さんの手の動きにつられ、メアロタンギがぎゃおっと口を開けた。親父さんがキャンディをぽんと遠くに投げる。

「こらっ、ミーナッ」
ラバードが怒りの声をあげたが(あのメアロタンギ、ミーナって名前だったのか!)、メアロタンギはだっと走り出し、落ちたキャンディの粒を嘗めとったようだ。親父さんはそこめがけて何粒ものキャンディを投げつけてる。
「この役立たず! フラーメども!」

チャンス!
「クラッド・オフ!!」
装甲を解除する一瞬、僕の本来のボディと装甲の間には隙間ができる。装甲に粘土を押しのけさせるようにして、僕は拘束から飛び出していた。一足飛びに陽子と親父さんのそばに舞い戻る。
「マゼラン!」
陽子を引き寄せ親父さんもろとも二人を背中に抱え込む。
「来るな、フラーメ達! IDスライサー!」
スライサーが僕らの周囲を飛び回り、フラーメ達が怯えて下がる。だが飛行艇に行くにはラバードを突破しなきゃならない。
「こっちへ!」
僕が陽子と親父さんを押しやったのは倉庫の方。中にフラーメの反応は無い。シャッターを押し上げて二人を中に押し入れる。

「スタージャッジ!」
明らかに動揺を含んだラバードのわめき声を聞きながら、シャッターをぴしゃんと閉めた。スライサーだけでしばらくラバードを押しとどめられるか? 再度緊急モードになったとしても、今体内にあるエネルギー量から考えて、着用時間はもうそう長くない。いったいどうしたらいい?


|2006.10.04 Wednesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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