サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジ〜エピローグ〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジ〜エピローグ〜 8)
でも、半年前のマゼラン‥‥。姿はこのマゼランとまったく同じで、あたしのことを全然知らない人。もし会っていたら、きっとあたしはその人に"この"マゼランを助けてとお願いしたんだと思います。双子なら話は簡単だけど両方本人だから色々とやっかいな事に‥‥‥‥。良かった、そんな辛いことにならなくて。

「それでマゼランは、半年前のマゼランになんて書いたの?」
お話の続きをねだります。
〈君をフリッターに乗せてゲイザーに逃がしてる可能性が一番高いと思ってたから、君を安全に地表に返して欲しい。君が困らないように、怖がらないようにして欲しい。陽子は僕の大事な人だ‥‥と言い始めて、気づいたんだよ。過去の僕には、この言葉の意味が分からないってことに〉
「え?」

〈スタージャッジは担当惑星の住人にはできるだけ被害が及ばないようにする規則になってる。だから住人である君は大事だ。そういう意味でしか昔の僕には理解できなかった。彼は僕のメッセージを見ても、ただ事件に巻き込んでしまった人として、優しく丁重に、でも機械的に、君の記憶を消して、君を地表に返したんだろう〉
マゼランが少し顔を上げて、どこを見ているかわからない眼差しになりました。
〈僕は沢山のことをインプットされて生まれたし、地球に来てからも次々と情報や知識を得て、それを忘れることがない。何か命令されれば、その目的を達成するためにどうすればいいか何通りも考えて計算して、可能性の高い道を選ぶことができる。でも‥‥自分が何かを好きだとか嫌いとか、こうしたいとか、こうすべきだとか、そんなこと考えたこともなかった。考えようとも思わなかった。ずっとそうだったんだよ〉

味はわかるけど、美味しいという感覚はわからない‥‥。
今までこの人が口にしたいくつかの小さな違和感を、全部串刺しに説明してくれてるみたいでした。でもそれは"地球でママから生まれたあたし"が感じる違和感なんだってことも忘れちゃいけません。

〈君が好きだ。君と一緒に居たい。君に生きてて欲しい。どれだけ命令違反でも君を助けたい。そういった僕の気持ちが‥‥たった半年前の、同じ自分に伝えられない。君と会ってほんとに変わったんだって思った。僕には陽子が居た。でも過去の僕には誰も居ない。それで"大事なかけがえのない人"って概念を説明するのは難しいことだもの〉

「うん‥‥なんとなくは判りました。でも、やっぱりマゼランは、自分で変わったんだと思うの」
〈え?〉
「今ね、マゼランという地面から自由人っていう芽が出てきて、みんなが『自由人だ!』ってわかったとこなのよ。でもマゼランの中にあったタネはもっと前から水分や栄養を探して根を伸ばしてたんじゃない? そこにたまたまあたしが来て、ちょっとお日様にあてただけ。違いますか?」
あたしはマゼランから博士たちに視線を移しました。ライプライト博士お二人がにこにこして聞いてるのがわかったからです。
〈ヨーコはたとえがうまいな。先ほどの酔っ払いの話といい〉
マゼランは考え込んでます。
〈そうか‥‥。ここ何十年か、ずっとモヤモヤしてたのは、それだったのかな‥‥〉
「だから最初に戻るんです。普通に生まれてくる人も最初は何にもできなくてタネのままで、それでも自由人なんだから、ビメイダーの人たちも、生まれた時から自由人じゃ、なんでダメなんですか?」

〈この宇宙という"社会"を成り立たせるためには、自然人では耐えられない"非人間的"な職務がどうしても必要なのだが、そこを担うビメイダーに人権があると色々とやりにくいという自然人のエゴがまず存在する。だが一番大きな理由は、生まれたばかりのビメイダーにはヨーコの言うタネ、つまり意志が無いのだよ。身体と頭脳は製造者が作る。だが"意志"は当のビメイダー本人にしか作れない。もし生まれた時から意志を持ったビメイダーが居たら、その意志はあくまで製造者の意志であり本人のものではない。そうならないかね?〉
「あ‥‥!」

〈自由人とは"自らの意志を持って自分の行動を決めていく者"だ。自然人は自己存続欲求が最初の意志になるが、ビメイダーは安全面からそういった欲求は組み込まれないし、初期データもランダムで恣意を持たない物に制限されている。
 民生用はさておき、連合所属のビメイダーの任務は自然人から見ると過酷だ。長い期間孤独に任務を遂行し続けるスタージャッジ、一切のミスや感情による揺らぎが許されない特殊行動、極めて凄惨な状態での救助活動、帰れる可能性の低い宇宙探査などだ。だから彼らは疑問や感情を持たず淡々と任務をこなすように設計されるから、意志を作り上げるのにかなりの時間が必要になる〉

あたしはなんだか泣きそうになってきました。地球のような惑星をわざわざ守ってくれるなんて、宇宙は優しいと思ってたけど、陰でたくさんのビメイダーが苦労してるのでは‥‥。みんな友達も作っちゃいけないまま、ずっと遠くの星で‥‥。
「過酷な任務‥‥。マゼランも、ずっと独りぼっちで‥‥」

〈でも、それを淋しいと思う感情は無かったんだよ、長いこと〉
マゼランが淡く微笑みます。
〈自由人じゃなかったから、深く考えないでひたすらに法律を守っていられた。それであの惑星を守れた。それはそれで良かったんだよ。だからむしろ‥‥これからスタージャッジをやっていく事に不安を感じてる。マリスの言う通り、地球で不治の病で死んでいく人たちを、僕が見殺しにしてるのは事実だ。ここでもし君のお父さんが病気になったら? 君が嘆き悲しんだら‥‥僕はそれをただ見てられないかもしれない。でも君のお父さんを助けて他の人を助けないのは正しいことなの? 君や"光の羽根"を助けたくて動いた事も、もし地球にもっと大きな被害が出てたら‥‥〉

マゼランの言葉は淡々としてますが、それはこの人が押し隠してきた不安。マゼランのお仕事はきっと原則を崩したらどんどん崩れちゃう。でも法律通りにちゃんとやると辛いことを見なきゃいけなくて‥‥。
「それでも‥‥選ぶしかない‥‥。やらなきゃって思うこと‥‥。パパが病気だったら‥‥あたし、がまんしなきゃ‥‥。マゼランを揺らがせないように‥‥」

マゼランがにっこり笑ってあたしの頭に手を置きました。
〈そうだ。君はずっとそうだった。どんなに怖くても自分の思ったことを言い、やろうと決めたことをやって、それが今につながってる。だから僕も君と歩きながら、今しばらくはスタージャッジをやってく道を選ぶ。悩んで苦しんで、本部や君の意見を聞いても、僕は自分で答えを出す。だから君は、ありのままの僕を見て、聞きたいことを聞いて、思ったことをそのまま言って。僕もそうするから。こういったこと全部が、自由人として生きるってことなんだと思う〉

あたしは黙って頷きました。マゼランが凜々しく見えたのは、制服のせいだけじゃなかったんです。色んな想いを乗り越えて、色んな覚悟を決めて、自由人として、ここにいる‥‥。
自由って‥‥、自由人って‥‥なんて大変なの‥‥。

「あたし‥‥日本に来たの‥‥どうしてもやりたい事があったわけじゃないの。口うるさいパパからちょっと離れて好きにしてみたいとか、ママの国で生活してみたいとか、そんなことだったの。それが自由にするってことだと思ってた。でも結局、おじいちゃんやおばあちゃんのことや、パパの仕送りもアテにしてるし‥‥。あたし、これでもちゃんとした自由人だったの? マゼラン達と比べて気楽すぎない? なんかずるくない?」

〈ん? 翻訳がうまくできなかったようだ。ヨーコは何を言いたかったのかな?〉
ライト博士がそう言います。ああ、宇宙には今のあたしみたいな状態、あんまり無いのかも。マゼランがフォローしてくれます。
〈陽子の星には巣立ちの練習期間があるんですよ。陽子はその期間なんです。それで‥‥〉
「あたし、確かに自然人ですけど、ちゃんとした自由人じゃないと思って。親や親戚に甘えてばっかりで‥‥」

ライト博士が片方の眉を上げて笑います。
〈まあ、年齢相応の自由人になっていない自然人はたくさんいるように思うがね〉
ライプ博士が優しく微笑んで言いました。
〈でもね、ヨーコ。貴女が中途半端だったから、0079のきっかけになれたのだとわたくしは分析しています〉
「どういうことですか?」
〈大人の理解力と子供の無邪気さ。大人の実行力と子供の無謀さ。大人の愛情と子供の一途さ。過渡期が長いが故に、両方を併せ持った状態でいられるからです〉
「そういうもの‥‥なのかな‥‥」

〈ただ分析の結果から見るに、ヨーコは少々無鉄砲に過ぎると思います。これはこの人種の平均的な状況なのですか?〉
ライプ博士の質問にマゼランが笑い出しました。
〈いいえ。陽子はかなり‥‥平均から2σのあたりにいるかと〉
宇宙でも正規分布は絶対あるよね。でもって±2σで95%。ちょっと待ってよ、あたしの無鉄砲って上位2.5%!?
「いくらなんでもそんな外れてないよ!」
〈なるほど。わたくしの尊敬すべき夫のように、ですね〉
「もしもし、納得しないでくださーい!」
〈こらこら、愛しき妻よ、そのたとえは‥‥〉
〈極めて的確な表現と思います。たぶん二人とも同じくらい逸脱してますね〉
「違います!」〈違うだろう!〉
マゼランとライプ博士はうんうんとわかり合ってますが、あたしとライト博士は必死で言い訳。全くもう。あたし、ラスカル博士みたいないたずら小僧じゃ無いもん!

さんざん笑ったマゼランが言いました。
〈でもまあ結局のとこ、僕が自由人になったのは単なる偶然の産物ですね。たまたま陽子が僕の隣に引っ越してきて、エネルギーボードを間違えて食べるなんてあり得ないことをやってくれて‥‥〉

ライト博士が一転して厳かな顔になり、深い声で言いました。
〈《必然は偶然の顔をしてやってくる》〉
〈え?〉
〈起こるべき事柄は、偶然に見える出来事を立て続けに引き起こしながら、結局のところ起こるのだ。君が2σの娘と会い、すぐにポーチャーコンビが飛び込んできて、それがマリスに飛び火するといった具合にな。生起予想論で未だ解明できない世の不思議だ〉

必然は偶然の顔をしてやってくる‥‥か。
自分に限って絶対一目惚れは無い、と思ってたあたしが、いきなりマゼランを好きになっちゃったのも、やっぱり運命だったんですね。


と、ライト博士が、ぽん、と手をたたきました。
〈さて、これであとはヨーコの身体を乗せ換えれば全て終了だな〉
「え‥‥?」
〈いやだな。今度はなんのたとえですか、博士?〉

〈たとえや冗談ではないよ、マゼラン。ヨーコはビメイダーの伴侶になるのだ。生体のままでは成り立たん〉
〈ボディはもう用意できていますよ。外見はまったく変わりません〉
ライプ博士が何かを操作すると、壁の一部がすっと開いて、地球人が一人ようやくはいれるくらいのカプセルが二つ出てきました。上の部分に透明なところがあって、右手のカプセルからマネキンのような人形の姿が‥‥。その顔を見てあたしはびくんとして、立ち上がりました。目を閉じてますが、これ‥‥あたしとそっくりです。
マゼランが立ちあがって、たぶん殆ど無意識に、あたしを背中に回しました。
〈待ってください。どうして‥‥。そんな話聞いてない。なんで陽子の身体を変えなきゃいけないんですか!?〉
〈おかしなことを言うな。お前はビメイダーだ。その身体は半永久的に持つだろう。だがヨーコの身体はそうはいかん。だからそういう身体に移ってもらわねばならん〉

〈そんなのダメです! 陽子の寿命が僕よりずっと短いのはわかってる。僕は陽子が生きてる間、一緒に居られればそれでいい。そんなのもう、僕が一番よくわかってるんだ!〉
〈スタージャッジの貴方と一緒に居れば、またどういう事件に巻き込まれるかわかりません。生体としてのヨーコの身体は決して強靭ではない。規定に合わせてサイボーグ化するのはヨーコのためでもあります〉
〈僕が守る。もうあんなこと‥‥。陽子をあんな目に絶対逢わせない。だからそんなバカなことは‥‥〉

「‥‥いいです。あの‥‥あたし、身体‥‥変えます‥‥」
「陽子!」
マゼランがあたしの腕を痛いほど掴んで、揺さぶりました。
「何言ってんだ! あれは全部機械と人工細胞なんだぞ。君の身体‥‥自然が生み出したこの身体。君のお母さんが命と引き換えにしたこの身体、あっさり捨てる気か!」

「マゼラン‥‥。あたしが自然人の身体じゃなくなるの、いやなの?」
「そういう意味じゃない! そんなわけあるか、怒るぞ! お父さんや清子さんや大堂さんのこと考えろ! どう言うつもりだ? みんな悲しむ‥‥俺と一緒になるからって、あの人たちを‥‥君をずっと大事に思ってくれてた人たちを悲しませるわけにいかないだろう?」
「あたしが一緒に生きてくの貴方なのよ? パパたちじゃない。黙ってれば大丈夫よ。みんなマゼランの事だって普通の人と同じだと思ってるもの」
「だからって!」

「聞いて、マゼラン。あたし、青と緑の人の時も、白い人の時も‥‥これでもう死んじゃうんだって、何度も思ったんだよ。それでもここに来たんだよ」
「‥‥‥‥陽子っ」
「いきなり言われたからびっくりしたし‥‥ちょっと怖いけど‥‥でも、怪我してもすぐ治って、マゼランに心配かけないで済むなら、そのほうがいい。マゼランともっと長く一緒に居られるなら、その方がいいよ」
「でも!」
「マゼランはあたしと関わって自由人になって、いいこともあったけど辛くなったこともあった。あたしがあの身体になるのも同じよ。いいこともあれば辛いこともあると思う。でもそれが道理でしょ? それに身体のことなんかどうでもいいぐらい覚悟しなきゃいけないことがあったんだって、わかったもの」
「え‥‥?」

「マゼランがスタージャッジとして、厳しい決断をしなきゃいけないことがあっても、あたしはそれに付いていく。さっきパパの例を出したけど‥‥。あたしは地球人だから時にはマゼランよりもっと悲しくなるかもしれなくて、それでも貴方と一緒に生きていく。それって身体のことより、怖いことじゃない?」
「‥‥それは‥‥」

「それにこれ、あたしが選ぶことで、マゼランが決めることじゃないでしょう? 貴方に答えてほしいのはこれ。あたしが作り物の身体になっても、ちゃんと好きでいてくれる?」
「‥‥もちろんだ。もちろんだよ! 当たり前だろ!」
「ありがとう。それなら大丈夫」


|2013.04.26 Friday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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