サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 16)生きて(END)
頬にしずくが落ちた。

唇になにかが触れていた。
泣きたいほどに優しく、柔らかく‥‥‥。
触れあった箇所から、温かさが流れ込んできていた。

あごのあたりにふわふわと何かさわってて、ちょっとくすぐったい。
かすかな嗚咽の声。僕の胸にすがる小さな手。
指先に、かたい床の感触。

ぽかり、と目をあけた。涙で一杯の黒い瞳があった。泣きはらした目が見開かれ、淡いピンク色の唇が何か言おうとわななき始める。

‥‥陽子‥‥?
‥‥ここ、どこだ‥‥

「マゼラン!」
いきなり陽子ががばっと抱きついてきて泣きじゃくった。僕は面食らったまま彼女を抱き、あやすように背中をそっと撫でながら、上半身を起こした。

あたりを見回し、見慣れたゲイザーの中にいるとわかった。マリスのことや、傷ついた陽子をメディカルマシンに入れたことも思い出した。でも‥‥なぜ僕の記憶、ちゃんとあるんだ? もしかしてこれは、消える寸前の夢‥‥?

「良かった‥‥マゼラン‥‥起きてくれて、良かった‥‥。死んじゃうかと思ったよ‥‥」
陽子がしゃくり上げながら切れ切れにそう言う。触れている陽子の背中は滑らかで火傷のあとは感じられない。治療はちゃんと終わったってことか? じゃあ、僕は‥‥?

泣き止まない少女の両腕に手を置いて、その身体を少し離し、陽子の顔を見つめた。
「陽子、なんだな?」
「マゼラン、マゼラン!」
「背中は? 足は? ちゃんと治った? どこも痛くない?」
「あ‥‥」
陽子は右肩越しに後ろを見やり、次に身を起こして自分の足を見ようとしたところであっと目を見開き、両手で自分の胸を覆った。僕は周りを見回して自分の上着に手を伸ばし、何も着ていない陽子にかけてやる。陽子はだぶだぶの上着を巻き付けるように持つと、頬を真っ赤に染めたまま、小さな声で言った。
「‥‥だいじょうぶ‥‥みたい。どこも痛くないよ‥‥」

「頼む。何があったか、説明してくれないか」
「気づいたらあの上にいたの。降りてみたらマゼランがここで倒れてて、ぜんぜん動かなくて! そしたら、エネルギーボードを送ったって、バレッタがいきなり言ったの。で、チョコレートがあそこに届いて‥‥」
陽子があちこちを指さしながら話し始める。
「チョコはなんとかあのケースから取り出せたけど、マゼラン、どうしても食べてくれなくて、仕方なくて、あたしまた食べちゃったの、チョコレート、それで‥‥」

そばに、シールドシートが破かれて角が割取られたエネルギーボードが転がっていた。僕は自分の手を見て、ゲイザーの中を再度見回し、そして陽子を見つめた。
「陽子、君が僕を‥‥ ‥‥あ、いっ‥つっ‥‥!」
「マゼラン! だいじょうぶっ!?」
「だい‥‥じょぶ‥‥。あはは‥‥。なんて、こった‥‥」
僕はいきなり襲ってきた脇腹と左腕の激痛に顔をしかめつつ、思わず苦笑してた。

すべてがつながっている。僕は「生きて」いた。

僕は陽子の手を引き寄せて、その細い身体を抱きしめた。
「マゼラン。先に怪我を治さないと。ねえ!」
「いいんだ。もう大丈夫だから。もう少し、こうしていたいんだ」
左手が僕の背中に、右手が髪の中に入って、陽子が僕を抱きしめるのを感じた。陽子の細い肩から背中の曲線に手を滑らせ、もう一度無傷の肌を確認する。ふれあった頬を少し離し、彼女の額にかかる柔らかい栗色の巻き毛をかきあげた。僕を見つめた黒い瞳がゆっくりと閉じる。そのつややかな唇に、僕はそっと口づけた。

陽子の身体から最後のHCE10-9が僕に移動したあと、今度は甘く心地良い温もりが流れ込んできた。任務でキスをしなくちゃと大慌てしてた時を、はるか昔のことのように思い出す。僕は今、ただこの少女を愛する存在として、陽子の想いを全身で受け止めていた。

   (おしまい)


|2013.02.12 Tuesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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