サザンピーチΣ
サザンピーチΣ  あの南田操の新作小説をはじめ、新鋭精鋭の小説やエッセイ 
<富澤南桃堂(とみさわなんとうどう)発のWebマガジン>
『スタージャッジIII〜マゼラン〜』 原案・長谷川裕一 /小説・富澤かおる
スタージャッジIII 15)最期の映像
〈ハッチは開いた! まずこの子を救助しろ、0079!〉
指揮官の声に向き直ると、ぐったりと座り込んだ陽子を指揮官が支えていた。
〈そうだ、お前は行け!〉
〈あとは我々がやる!〉
共通回線に他の声が重なった。その音声データが温もりと共に僕の中に累積していく。僕は陽子のいる場所に駆け戻った。

「陽子!」
疲れ切った表情の陽子は肩で息をしながらそれでもなんとか笑みを浮かべた。
「開いたよ、マゼラン‥‥」
「ありがとう。もういい、もう十分だ。ゲイザーに行くぞ」

陽子を抱いて、ハッチから飛び出ようとしたとき、何かが床を滑ってきてその場の全員を壁に叩きつけた。マリスが、ドアをふさぐためにつぶした艦載機の翼を床すれすれに振り回したようだった。体勢を整えようとしたが、あり得ないスピードで飛び込んできたマリスの左掌が僕と陽子を壁に押しつけた。

「きゃああっ!」
陽子の足が僕のアーマーと壁の間に強く挟まれた。なんとか肘を突っ張って空間を保つ。だが。
「つ、ぶ、れろ! じぶ、んの身体で、その子をめちゃめちゃにしちまえ!」
背中から押し寄せる強大でひっきりなしの圧力から抜け出せない。そのうち奴の掌が強烈な熱を帯び始めた。陽子の息がどんどん荒くなり、額にびっしりと汗が浮き始める。
「陽子っ」
「あ‥‥。あ‥‥つい‥‥。たす‥‥けて‥‥」
アーマー全体が熱伝導で熱せられ、陽子を焼こうとしてる。これ以上は‥‥!

「クラッド・オフ!」
渾身の力で壁を押し返しながらアーマーを解除した刹那、僕の身体はばらけた分子の上から鷲づかみにされて放り出された。身を翻して向き直った僕の目に、巨人の右手に掴み取られて、かくりと意識の無い陽子の姿が映った。

「‥‥もらった。もらったよ、ス、タージャッジ」
「やめろ、マリス! やめろ!!」
「アーマー着たら、今すぐ潰すよ。でも、どうせ、殺すんだけど」
「やめて‥‥くれ‥‥っ 陽子っ!」
高クロックが今度はマイナスに作用した。大量の予測シミュレーションの中に恐怖をかき立てる映像が並んだからだ。そこに鋭い叱責が聞こえてきた。
〈落ち着けっ! 0079! お前が取り乱してどうする! チャンスは必ず作ってやる!〉

「ねえ、起きて。起きてよ、お姉ちゃん」
マリスは陽子の意識を取り戻させようと、その身体を揺すっている。だが陽子は目覚めない。だらんと下がった両の素足が無残に傷つき、ぽたりぽたりと血が滴っていた。
「ねえ、もう死んじゃったの? それじゃ、困る、よ、お姉ちゃん!」

〈残りの艦載機の機銃を使う。チェックは終わった〉
〈えっ?〉
格納庫にあったのは3台。1台はマリスのアーマーになり、もう1台は退路を閉ざすために潰された。残りの1台、本当に使えるのか?
〈こいつもジーナス製だ。かなりの高エネルギー弾だぞ。必ず守れ、お前の大切な者を!〉

攻撃機の機銃が火を噴いた。
「クラッディング!」
火線の圧力に押されるように飛んだ僕が巨人の右手にとりつく。連続して射出されたエネルギー弾が巨人の右肩を吹き飛ばし、右脇に沿って、黒いボディを削った。
僕は緩んだ掌から陽子の身体を奪い取り、ハッチから宙に飛び出した。

「行かせるかぁああっ!」
マリスの巨大アーマーが脚部を閉じ、小型機に戻りながらハッチを飛び出してきた。
「IDスライサー!」
下面から舞い上がったスライサーで右脇を狙ったが叩き落とされる。この巨体ではスライサーもスズメ同然だ。即座にカプセルを急降下させ、戦闘機の翼の付け根にドシンとぶち当てる。そのまま下に沈ませた。稼げる時間は少しだろう。でもそれで十分だ。

フリッターはすぐやってきた。後部の"繭"を開け、ジェルクッションの上に陽子の身体を横たえる。
「すぐ戻るから。少しだけ待ってて」
意識の無い陽子を"繭"に封じ込めれば、フリッターは一目散にゲイザーへ向かって帰って行った。

飛び去るフリッターを背に、向き直った僕の前で、巨体が立ち姿勢になった。
「お前たちは、ボク、のものだっ! ボク、のものなのにっ!」
右側が無残に削れた状態で、黒い巨体はただがむしゃらに残った左手を伸ばし、向かってくる。

マリス。
子供だったお前が、こうして復讐の道を歩み出すまでの長い時間のどこかで、お前の手を取り、もっと優しい方向を見せてくれる存在がいたら良かったのに。僕が陽子と出会えたように。でも今それを言っても仕方が無い。
秩序維持省のチームは、陽子を助けるために、一歩間違えばマリスを死なせてしまうかもしれない危険な賭に出てくれた。だからこそ僕はこのターゲットを逮捕しなければならない。命を奪うことなく、そして自滅させることなく、だ。

生体がどの部分に入っているかはもうわかっていた。今の僕の処理能力ならいけるはずだ。シールド用のリングを用意して巨体に突っ込み、右脇腰部にとりつく。20mの艦載機。乗組員を救出。
「ヴァニッシュ」

巨人の上部に照射されたエネルギー線が、外殻の原子群を揺さぶり高いエネルギー準位に遷移させる。電子が核の呪縛を断ち切って飛び出し始め、それが見る間に広がって行く。もろもろと崩れていく巨体の中で手を伸ばし、老人と胎児のキメラのような白い身体を捕まえ、胸の中に引き込む。
「クラッド・シールド!」
解除されたマントと上半身のアーマーが、僕らの回りにエネルギーのシールド・トンネルを作る。マリスを熱からかばうように抱き込みながら、僕は脚部アーマーの推進力を最大にしてそのトンネルをくぐり抜けた。

「0079!」
反重力ディスクでやってきたのは維持省の指揮官と隊員たち。僕は腕の中で呆然自失としているマリスを差し出した。
指揮官は透明になっているゴーグルの中で、四つの目を大きく見開き、すぐに部下に合図をした。マリスが拘束用のネットで包まれて連れて行かれると、彼は僕にまっすぐに正対して、きれいに伸ばした掌を上向きに右手を出した。
「よくも、まあ‥‥。よく、ターゲットを確保してくれた。ありがとう、0079」
僕より二回りも大きなその掌に自分の手を重ねる。指をひっかけると今度は彼の手が僕の掌の上に乗るように返した。「こちらこそ、陽子を助けてくれて感謝してる」
「その状態で船まで行けるか、0079?」
「ああ」
僕は上を向いた。グランゲイザーの巨体はもう見えるところまで降りてきていた。
「あの娘の無事を祈ってるぞ」
「ありがとう」
指揮官は僕の両肩を掴むと、ディスクの出力をぐんと上げ、その勢いで僕を上に投げ上げた。

脚部アーマーはゲイザーまで出力を保ってくれたが、格納庫に入ると同時に消滅した。着艦していたフリッターから陽子の身体を引きずりだす。その身体が重い。信じられない。いつも羽根のようだったのに。仕方無く、彼女の身体を荷物のように肩に担ぎ上げて運んだ。リプレースモードのエネルギーが尽きかけてるんだろう。でもあともう少し。

コントロールルームとつながった区画に治療や補修のための機材が並んでる。陽子がマリスに傷つけられる可能性は想定してたから、出発前に全部準備はしてきた。何日か陽子がここで暮らすことも考えてある。重力、空調はもちろん、水や食物、バスの使い方もメモを書いてある。あの時は即時処分される覚悟もしてたのだけど、あんな形で理解してもらえるとは思わなかった。

メディカルマシンのそばで陽子を下ろし、陽子の衣服をなんとか脱がせた。人形のように白く滑らかな身体。だが挟まれた足の状態は酷い。背中の火傷のシートもはがす。出血は止まっているがこの状態であれだけ動き回らせてしまったことに胸が痛む。陽子の受けた痛みも苦しみも消えないけれど、せめて身体の傷だけはきれいに治したい。

マシンによじ登り、一糸まとわぬ陽子を台に横たえた。髪飾りを取ってから髪を整えて、もう一度だけその唇に口づける。次に君が目覚めるとき、もう僕はいない。僕がリプレースモードになってる今、ドックではすでに製造が始まってるはずだ。僕と同じ顔、同じ身体を持ったスタージャッジ。彼は僕じゃない。僕じゃないけど陽子のことは彼に頼むしかない。彼が僕のメモで陽子と僕の関係を理解して、それでも本部の命令通りに陽子の記憶を消すならば、それはそれで仕方の無いことだ。そして、もしも彼が、陽子に心惹かれて、僕と同じ道を歩むなら‥‥僕はそれを歓迎する。

ごめんよ、陽子。辛い目に遭わせて‥‥。
でも、僕は、君と会えてよかった。
君に心から感謝してる。

君から教えてもらった、一番大切な感情。
‥‥君を、愛してる。

陽子の胸や頭に小さな極をとりつけ、口元を半透膜で覆う。スイッチをいれると台が下がり、陽子は細胞活性溶液の中に沈んだ。これでいい。治療が終われば陽子を自動的に引き上げてくれる。
メディカルマシンから降りようとしてステップを踏み外し、床に尻餅をついた。パネルから呼び出しの信号とヴォイスの声が響いているのに気づいたけど、もうそこまで行けない。

陽子から脱がせた上着のポケットの中身をぶちまけ、通信機を見つけてスイッチを入れた。
〈0079! 無事なのですか!? 0024があと1ローテーション強で到着します〉
ああよかった。0024のほうが陽子の混乱が少ないだろうし、彼ならきっとうまくやってくれる。

髪飾りを床に置くと、腹部の傷に触れて体液で指をぬらした。髪飾りの脇、陽子に宛てた文字を書く。一人で目覚めた陽子が戸惑わないように。1日半で僕の先輩が来る。彼の言うことを聞いて‥‥。

そのうちにヴォイスの声がわんわんと押し寄せてきた。
〈0079! 聞こえてるのですか! 返事をしてください!〉
通信機を口元まで上げる。
「ゲイザーで、陽子が‥‥治療中です。‥‥0024に‥‥伝えて‥‥」

<もうすぐエネルギーボードも到着します! 消費エネルギーを抑えて待機しなさい!>
声が、だんだんとただの音になっていく。
「どうか陽子を、地表に送ってやって‥‥。あの子は‥‥‥‥」
<0079! 貴方の記憶を保たなければ‥‥!>
「陽子を‥‥‥」
腕の力がかくんと抜けた。

‥‥だめだよ、もっとちゃんと頼まなきゃ‥‥。通信機、どこにいった‥‥?

‥‥‥あれ? なんか、いろんなものが、見える‥‥。

記憶の、再構成‥‥? ‥‥ならば、せめて‥‥
‥‥最期に、陽子の笑顔を‥‥。

‥‥僕の‥‥一番大切な‥‥

‥‥‥‥陽‥‥‥‥‥‥‥














|2013.02.12 Tuesday by 富澤かおる| comments(0) | 戻る |
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